退職給付のリスク負担と人的資本

サマリー

小稿では、従業員が退職給付のリスクを負担することが従業員の人的資本形成にどのように影響を及ぼすのかを考える。従業員が運用リスクを負担する場合と企業(株主)が運用リスクを負担する場合を比較すると、後者のケースでは従業員は退職給付制度が将来変更されるリスク、賃金の変動リスク、雇用リスク等の負担が高まることになる。更には、基金等の運用担当者が必ずしも従業員のために運用機関等を選定しない可能性(エージェンシー問題)もある。このため、従業員が運用リスクを負担すべきか否かは、運用リスクと企業が運用リスクを負う場合の上記リスク負担の高まりとの大小関係により決まってくる。
他の条件を一定とすれば、従業員が退職給付のリスクを負担することにより、従業員の企業への貢献レベルが低下する。なぜなら、退職給付が不確実になることにより、貢献の見返りの現在価値が低下する一方、企業への貢献に要する労力は変わらないからである。そして、従業員の貢献の低下は、株主がリスクを負う場合のリスクプレミアムの上昇よりも企業価値への影響は大きい。なぜなら、リスク分散機会が少ない従業員は企業(株主)よりもリスク回避度が高いと考えられるからである。更には、従業員のリスク負担は貢献レベルのみでなく、貢献の質にも影響する。具体的には、退職給付のリスクが高まることで人的資本投資のリスクがとりにくくなり、従業員は自社でしか価値を持たない企業特殊的な人的資本よりも、他社でも役立つ汎用的な人的資本の蓄積を選好する可能性がある。このように考えると、人的資本の観点からは、運用リスクと他のリスク(企業が運用リスクを負うことで従業員が負うリスク)とを比較した上で従業員のリスク負担が低い退職給付制度が望ましいと考えられる。また、そうしたリスクの大小関係を従業員に伝え、その合理性を従業員に納得してもらうことが重要と思われる。

全文ダウンロード

関連レポート・コラム

サービス・事例紹介

この記事に関連する当社のサービスや事例のご紹介をご希望の方は、下記よりお問い合わせください。
担当研究所・研究員からご案内をいたします。

ご意見の投稿

この記事についてご意見をお聞かせください。
今後のサイト運営や、レポートの参考とさせていただきます。

  • 戻る
  • ページ先頭へ戻る